閉鎖された空間が苦手だ。空気が止まったような感覚、逃げ場のない密集した人の波。特に地下鉄の満員電車は、乗るたびに息苦しくて恐怖に近い感覚に襲われていた。
それなのに私は、約29年間、毎日通勤し続けた。改めて振り返ってみると、「よく続けられたな」と自分でも驚く。
■ 満員電車って、よく考えるとものすごく過酷な環境
朝のラッシュ時間帯、ぎゅうぎゅうに押し込まれた車内。体は見知らぬ人と密着して、空調は効いているのか効いていないのかわからない。自分の意志で動くことも、逃げることもできない。
冷静に考えると、これってかなり過酷な環境だと思う。それを毎日、何十年も繰り返してきた。当時は「仕事だから仕方ない」と思っていたけれど、じわじわと心と体を削られていたんだろうな、と今は思う。
■ 転職して、週1通勤になったら変わったこと
転職して働き方が変わり、今は週に1回だけ出社すればいい環境になった。満員電車に乗る回数が激減した途端、精神的な苦痛がみるみる減っていったのを感じた。
朝が怖くなくなった。「今日は電車乗らなくていい」という日の朝は、体が軽い。長年当たり前だと思っていたストレスが、実はかなり大きかったんだと実感した。
通勤時間が減った分、朝ゆっくりコーヒーを飲む時間ができた。好きな音楽を聴きながら家事をする時間ができた。小さいようで、これが毎日の「ごきげん度」に大きく影響している。
■ 収入は激減した。でも「よし」としよう
正直に言うと、転職によって収入はかなり減った。「一緒に収入も激減(笑)」と書いたけど、笑えないくらいリアルに減った。
でも、「よし」としている。なぜかというと、精神的な楽さと引き換えにしたと考えているから。毎日あの恐怖と戦いながら高い収入を得るより、少し収入が低くても心が穏やかな日々のほうが、私には合っていると判断した。
生活できている。好きなことができている。日々ごきげんでいられる。それが一番大事なことだと、50代になってやっと気づいた。
■ まとめ|50代の「ごきげん」は、環境を変えることから始まる
「我慢して当たり前」「みんなやってるから仕方ない」——そう思って続けてきたことを手放したとき、思いのほか心が軽くなることがある。
満員電車をやめたことは、私にとって小さな革命だった。働き方を変えることは勇気がいるし、収入面での不安もある。でも、毎日の「ごきげん度」を上げることに投資する価値は、十分にあると思っている。
50代はまだまだ長い。残りの時間を、できるだけ心地よく生きていきたい。そのために何かを手放すことを、恐れなくていいんじゃないかな。


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